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業務委託が「雇用」に?「労働者性」の判断基準と裁判例

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法律事務所ASCOPE 監修法律事務所 ASCOPE所属弁護士

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 人手不足対策として、フリーランスや個人事業主と「業務委託契約」を結び、活用しています。契約書もきちんと交わしていますが、後から「実態は雇用だ(偽装請負だ)」と主張され、残業代を請求されたり、労働組合から団体交渉を申し込まれたりしないか不安です。契約書さえあれば、企業側は守られるのでしょうか?

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 残念ながら、「業務委託契約書」があるだけでは万全とは言えません。裁判所は、契約書の名称や形式ではなく、実際の業務実態(=使用従属性)に基づいて「労働者」か否かを判断します。もし「労働者性」が認められれば、企業側は労働基準法などの労働法制の適用を受けるリスクがあります。本コラムでは、どのような実態が「労働者性」を強めるのか、近年の裁判例も踏まえて解説いたします。

ポイント

リスクを理解する:「労働者」認定で、労働基準法に基づく事業者の義務(残業代の支払い、有給休暇の付与等)が生じ、労働者としての地位・権利が認められる可能性がある。
判断基準を知る:契約形式でなく「指揮監督」や「報酬の労務対償性」といった実態(使用従属性)で判断される 。
裁判例に学ぶ:自由度が高いとされるプラットフォームワーカー(Uber Eats等)ですら「労働者性」が肯定されるケースがある。
実態を点検する:契約書と現場の運用が乖離していないか、定期的に確認し、リスクを回避する。

目次

第1.業務の委任先が「労働者」と評価された場合の法的リスク

 中小企業の経営者様にとって、フリーランスや個人事業主への「業務委託」は、専門性の高い人材を柔軟に活用できる有効な経営手段です。
 しかし、その運用方法を誤ると、「業務委託」のつもりが法的には「雇用」と評価される、すなわち、業務の委任先が「労働者」と評価される可能性があり、企業は主に以下のようなリスクを負うことになります。


1.労働基準法上のリスク(残業代の支払い、有給休暇の付与等)

 業務の委任先が労働基準法上の「労働者」と判断された場合、企業は以下のような「使用者」としての責任を負います。

・過去に遡っての残業代(時間外・休日・深夜労働)の支払義務
・最低賃金の支払義務
・年次有給休暇の付与義務
 

 これらにより、企業は、想定外の多額の金銭的負担や労務管理コストを負うことがあり得ます。


2.労働契約法上のリスク

 また、労基法上の「労働者」であれば、労契法上の「労働者」に含まれると解されているところ、労働契約法上の「労働者」と判断された場合、業務の委任先との関係では以下の原則が適用されます。

・労使対等の原則
・均衡考慮の原則
・仕事と生活の調和への配慮の原則
・信義誠実の原則
・権利濫用の禁止の原則

 特に、権利濫用禁止の原則には、解雇権濫用の禁止も含まれることから、企業は業務の委託先との契約を容易に終了させることが難しくなってしまいます。


第2.「労働者性」を分ける法的基準:「使用従属性」とは

 労働基準法上の「労働者」に当たるか否か、すなわち「労働者性」は、労働基準法第9条に基づき、以下の2つの基準(総称して「使用従属性」と呼びます。)から判断されます。

 ① 労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか
 ② 報酬が「指揮監督下における労働」の対価として支払われているかどうか

 「使用従属性」が認められるかどうかは、請負契約や委任契約といった契約の形式や名称にかかわらず、契約の内容、労務提供の形態、報酬その他の要素から、個別の事案ごとに総合的に判断されます。この具体的な判断基準は、労働基準法研究会報告(昭和60年12月19日)において、以下のように整理されています。


1.「使用従属性」に関する判断基準

 ⑴ 「指揮監督下の労働」であること

  ア 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
  イ 業務遂行上の指揮監督の有無
  ウ 拘束性の有無
  エ 代替性の有無(指揮監督関係を補強する要素)

 ⑵ 「報酬の労務対償性」があること

  ※例えば以下のような場合には、労務対償性が肯定される方向にはたらきます。
報酬が時間給、日給、月給などで計算されている。
遅刻や欠勤時間分が報酬から控除される。

2.「労働者性」の判断を補強する要素

 ・事業者性の有無
 ・専属性の程度
 ・その他

3.「業務委託」が「労働者」と認定された2つの事例

 近年の裁判例や労働委員会の命令では、働き方が多様化する中、契約の名称や形態ではなくその実態が重視されて「使用従属性」が判断されています。以下にその例をご紹介します。
 なお、以下の事例はいずれも労働組合法上の「労働者性」が争点となっていますが、労働組合法上の「労働者」は、労働基準法や労働組合法上の「労働者」よりも広く解されており、上記「使用従属性」の基準は労働組合法上の「労働者」の判断においても妥当するものといえます。

事例1:INAXメンテナンス事件(最高裁平成23年4月12日判決)
 住宅設備機器メーカー(INAXメンテナンス)と「業務委託契約」を結んでいたカスタマーエンジニアが労働組合法上の「労働者」に当たるかが争われ、以下の観点から「労働者」であると認められました。

事業への不可欠な組入れ:
INAXが行う住宅設備機器の修理補修等の業務の大部分は、能力、実績、経験等を基準に級を毎年定める制度等の下で管理され全国の担当地域に配置されたカスタマーエンジニアによって担われており、その業務日及び休日も上記会社が指定していた。

一方的な契約内容の決定:
業務委託契約の内容はINAXが定めており、INAXによる個別の修理補修等の依頼の内容をカスタマーエンジニアの側で変更する余地はなかった。

報酬の労務対償性:
カスタマーエンジニアの報酬は時間外手当等に相当する金額を加算する方法で支払われていた。

諾否自由の弱さ:
カスタマーエンジニアは、INAXから修理補修等の依頼を受けた業務を直ちに遂行するものとされ、承諾拒否をする割合は僅少であった。

指揮監督の実態:
カスタマーエンジニアは、原則として業務日の午前8時半から午後7時までINAXから発注連絡を受け、業務の際にINAXの制服を着用してその名刺を携行し、業務終了時に報告書を送付するものとされ、作業手順等が記載された各種マニュアルに基づく業務の遂行を求められていた。

事例2:Uber Eats事件(都労委命令令和4年10月4日)
 Uber Japanのフードデリバリーの配達パートナーが、労働組合法上の「労働者」に当たるかが争われ、以下の観点から「労働者」と認められました。

事業への不可欠な組入れ:
配達パートナーなしには事業が成り立たず、事業遂行に不可欠な労働力として組織に組み入れられていた。

一方的な契約内容の決定:
プラットフォームの仕組みや報酬体系は、Uber Japanが一方的・定型的に決定していた。

広い意味での指揮監督:
時間や場所の拘束は(INAXの事例より)弱いものの、詳細なマニュアル、評価制度(アカウント停止措置を含む)、GPSによる位置情報の把握などにより、「広い意味での指揮監督下」にあった。

「顕著な事業者性」の欠如:
 配達手段(自転車等)は自ら用意するものの、裁量の余地は少なく、自己の才覚で利得する機会はほとんどない。
 配達パートナーは「アプリを稼働させるか否か」「個別の配達リクエストを受けるか否か」を自由に決められるため、一見すると「指揮監督」は弱く、労働者性は低いように思われます。しかしながら、この事例では、プラットフォーム型という新しい働き方であっても、実態によっては「労働者性」が肯定されうることが示されました。


4. 経営者が今すぐ確認すべき「労働者性」チェックリスト

 貴社の「業務委託」は本当に安全でしょうか? 以下の項目に「はい」が多く当てはまるほど、「労働者性」が強いと判断されるリスクが高まります。契約書だけでなく、現場のフリーランスがどのような稼働をしているか、その「実態」を確認してみると良いでしょう。

【指揮監督】会社からの仕事の依頼を、相手方が事実上断れない関係になっている。
【指揮監督】始業・終業時刻、休憩時間、休日などを指定し、勤怠管理を行っている。
【指揮監督】勤務場所(例:自社オフィス内の特定のデスク)を指定し、拘束している。
【指揮監督】業務の進め方や手順について、詳細な指示・マニュアルで管理している。
【指揮監督】業務報告を日報・週報などで義務付け、その内容を細かくチェック・指示している。

【代替性】本人が業務を行うことが前提で、代理の者や補助者を自由に使うことを認めていない。

【報酬】報酬の計算が「成果物単位」ではなく、「時給」「日給」になっている。
【報酬】遅刻や欠勤があった場合、時間単位で報酬を差し引いている。

【事業者性】業務に必要な機材(PC、専門機器、車両など)の多くを会社が(無償で)提供・貸与している。

【専属性】他社の仕事を受けることを(契約または事実上)禁止・制限している。

【その他】会社の制服や名刺の使用を義務付けている。
【その他】業務委託相手に対し、福利厚生施設(食堂、保養所など)の利用を社員と同様に認めている。

本執筆者からのメッセージ

 「業務委託」は、適切に運用すれば強力な経営戦略となります。しかし、本コラムでご覧いただいたとおり、「契約書さえあれば安心」というわけでは決してありません。

 もし現場の管理職が、良かれと思ってフリーランスの方に細かな指示を出したり、社員のように時間管理をしたりしていれば、その実態から、、将来「労働者性」が認定されてしまうことに繋がりかねません。

 ひとたび「労働者」と認定されれば、過去の残業代請求や契約終了の規制など、経営に予期せぬ打撃を与える事態が生じかねません。

 「うちの業務委託契約は大丈夫か?」、「現場の運用実態にリスクはないか?」といった不安が少しでもございましたら、手遅れになる前に、ぜひ一度、人事労務問題に精通している当事務所にご相談ください。貴社の契約書と運用実態を法的に精査し、将来のリスクを回避するための具体的なアドバイスをさせていただきます。

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