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中途採用の法務リスク|経歴詐称・健康診断・前職調査のトラブル予防策

本稿執筆者
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法律事務所ASCOPE 監修法律事務所 ASCOPE所属弁護士

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 即戦力を期待して中途採用を進めていますが、候補者の経歴に不明な点があり、不安を感じています。スキルや経験を偽っていた場合、後から解雇できるのでしょうか。また、候補者の健康状態や前職での評判を確認したいのですが、採用時の健康診断や前職調査は、どこまで法的に許されるのでしょうか。個人情報保護の観点から、違法な調査にならないか心配です。トラブルを未然に防ぐための具体的な注意点を知りたいです。

A

 中途採用における経歴詐称、健康診断、前職調査には、法的な留意点が多数存在します。経歴詐称が発覚しても、直ちに解雇が有効となるわけではなく、「重大な経歴詐称」かどうかが問われます。採用時の健康診断は原則として「雇入れ後」の義務であり、選考段階での実施には慎重な配慮が必要です。また、前職調査は候補者本人の同意なく行うと違法となるリスクがあります。これらの労務トラブルを予防するには、採用プロセス全体で適切な法的知識に基づき、慎重な手順を踏むことが不可欠です。

ポイント

  • ・経歴詐称のリスクに備え、採用時に経歴に関する誓約書を取得し証拠を保全する。
  • ・採用時健康診断の法的な位置づけを理解し、個人情報保護の観点から慎重に実施する。
  • ・前職調査は必ず候補者の同意を前提とし、調査範囲を業務関連性に限定して行う。
  • ・採用選考プロセス全体をリーガルチェックし、将来の労務紛争の火種を根絶する。

目次

1. 中途採用で最も警戒すべき「経歴詐称」への対処法

 即戦力を期待する中途採用において、経歴詐称は企業の期待を裏切るだけでなく、重大な労務トラブルに発展しかねない深刻な問題です。学歴や職歴、保有資格などを偽られた場合、企業としては採用の取り消しや解雇を検討することになります。

 しかし、法的に「経歴詐称」を理由とする解雇が常に有効と認められるわけではありません。裁判例では、その詐称が「重大」なものであり、真実を知っていれば採用しなかったであろう、と客観的に認められる場合に限り、解雇の有効性が肯定される傾向にあります。例えば、特定の資格が必須業務の前提であるにもかかわらず、その資格保有を偽っていたケースなどがこれに該当します。単なる些細な経歴の誇張程度では、解雇権の濫用(労働契約法第16条)と判断されるリスクが伴います。

 企業が取るべき予防策として最も重要なのは、採用選考段階での慎重な確認です。履歴書や職務経歴書に記載された内容について、面接で具体的に深掘りし、矛盾点がないかを確認します。さらに、内定を出す際には、提出された書類の内容が真実であることを誓約させ、「万が一、重大な経歴詐称が発覚した場合には、採用を取り消し、または懲戒解雇とされても異議を申し立てない」旨の一文を盛り込んだ誓約書を取得しておくことが、万が一の紛争時に企業側を守るための重要な証拠となります。

2. 採用時の健康診断は義務か?実施における法的留意点

 従業員の健康確保は企業の重要な責務であり、労働安全衛生法は事業者に対し、常時使用する労働者を雇い入れる際に、健康診断を実施することを義務付けています(労働安全衛生規則第43条)。しかし、注意すべきは、この「雇入れ時の健康診断」は、あくまで「雇入れ後」に実施する義務であるという点です。

 採用選考の段階で健康診断を実施し、その結果をもって採否を決定することは、応募者の適性や能力とは関係のない健康情報によって採否を判断することになりかねず、応募者の就職機会の均等を不当に狭めるものとして、その実施には慎重な配慮が求められます。厚生労働省も、「採用選考時に健康診断を実施する場合には、健診の必要性を応募者に十分に説明し、本人の同意を得た上で、業務遂行能力を判断する上で真に必要な項目に限定する」といった考え方を示しています。

 実務上のリスク回避の観点からは、採用選考段階での画一的な健康診断の実施は避け、内定後に「雇入れ時の健康診断」として実施するのが最も安全です。どうしても選考段階で健康状態を確認する必要がある場合は、その業務の性質上、特定の健康状態が不可欠であることを客観的かつ合理的に説明できる場合に限り、本人の明確な同意のもと、必要最小限の範囲で実施すべきでしょう。その際も、取得した健康情報は厳重に管理し、本来の目的以外に利用することは許されません。

3. 適法な「前職調査(リファレンスチェック)」の境界線

 候補者の能力や人柄をより深く知るために、前職の同僚や上司に問い合わせる「前職調査(リファレンスチェック)」を検討する企業も増えています。しかし、この前職調査は、方法を誤ると個人情報保護法や職業安定法に抵触するリスクをはらんでいます。

 まず、大原則として、候補者本人の明確な同意を得ずに前職調査を行うことは違法です。応募者の情報は個人情報保護法上の「個人データ」に該当し、これを本人の同意なく第三者から取得することはできません。また、職業安定法第5条の4では、求職者等の個人情報の収集・保管・使用について、その業務の目的の達成に必要な範囲内に限定しなければならないと定めています。

 したがって、適法に前職調査を行うためには、以下の手順を踏むことが不可欠です。 候補者本人から、前職調査実施に関する明確な同意を書面等で取得する。 調査対象者(前職の上司など)は、候補者本人に指定してもらう。 調査する質問項目は、候補者の業務遂行能力や適性に関連するものに限定し、思想・信条といった差別につながる可能性のある事項や、プライバシーに関わる事項は絶対に含めない。

 これらの手順を踏まずに、探偵業者などを利用して秘密裏に調査を行ったり、候補者に無断で前職の同僚に接触したりする行為は、後に重大な法的紛争を引き起こす原因となります。適正な手続きに基づいたリファレンスチェックは、ミスマッチを防ぐ有効な手段となり得ますが、その適法性の境界線を常に意識することが肝要です。

4. 採用活動における個人情報の適正な取り扱い

 中途採用活動においては、経歴詐称の確認、健康診断、前職調査など、応募者の様々な個人情報に触れる機会があります。これらの情報は、個人情報保護法に基づき、適正に管理されなければなりません。

 企業は、採用活動を通じて取得した応募者の個人情報について、その利用目的を採用選考業務に限定し、あらかじめ本人に通知または公表する必要があります。例えば、自社のウェブサイトの採用ページにプライバシーポリシーを掲載し、取得した個人情報の利用目的、管理方法などを明記しておくことが求められます。

 また、残念ながら不採用となった応募者の履歴書等の個人情報は、いたずらに保管し続けるのではなく、適切な期間が経過した後は、責任をもって破棄または返却することが求められます。個人情報の漏洩は、企業の社会的信用を大きく損なうだけでなく、損害賠償請求訴訟に発展するリスクもあります。

 採用担当者や面接官に対し、個人情報の取り扱いに関する研修を定期的に実施し、組織全体で情報管理に対する意識を高めることが重要です。特に、面接の場で、業務とは無関係な家族構成や支持政党など、厚生労働省が「採用選考時に配慮すべき事項」として示しているような不適切な質問を行わないよう、徹底した教育が不可欠です。法規制を遵守した採用活動は、優秀な人材から「選ばれる」企業となるための第一歩と言えるでしょう。

本執筆者からのメッセージ

 中途採用は、企業の成長を加速させるための重要な戦略です。しかし、本コラムでご紹介したように、そのプロセスには経歴詐称、健康診断の実施、前職調査といった数多くの法的な落とし穴が潜んでいます。一つの判断ミスが、将来の深刻な労務トラブルに発展し、企業の経営基盤を揺るがしかねません。
 「この候補者の経歴、少し気になる点がある」「うちの採用フローは法的に問題ないだろうか」といったご不安はございませんか。問題が顕在化する前に、専門家である弁護士に相談することが、最善のリスク管理です。
 当事務所は、常に企業側・経営者側の視点に立ち、採用プロセスのリーガルチェックから、誓約書等の各種書面の作成支援、万が一トラブルが発生した際の交渉・訴訟対応まで、一貫してサポートいたします。法的リスクを最小限に抑え、安心して採用活動に専念できる体制づくりを、ぜひ私たちにお手伝いさせてください。まずはお気軽にお問い合わせいただき、貴社の状況をお聞かせください。

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