企業が講ずるべき就活ハラスメント対策について
目次
昨今、就活生に対する企業側の担当者の対応が就活ハラスメントとしてインターネット等で話題になることが多く見受けられます。国としても、就職活動におけるハラスメントへの対策を強化するべく、2025年の通常国会において、労働施策総合推進法の改正法を成立させ、就活ハラスメント防止のための事業主の措置義務が新設されました。このことからも、企業に適切な就活ハラスメント対策が求められます。 今回は就活ハラスメント対策を題材に、企業や従業員を守るために講じるべき具体的な対応等について説明させていただきます。
1 はじめに
厚生労働省によると、「就活ハラスメント」とは、「就職活動中やインターンシップの学生等に対するセクシュアルハラスメントやパワーハラスメント」のことをいい、立場の弱い学生等の尊厳や人格を不当に傷つける行為とされています。令和2年度の厚生労働省の調査では、約4人に1人が就活ハラスメントの被害に遭っているという結果も出ています。(※「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査報告書」) また、企業にとっても、以下に詳述するように、様々なリスクが生じる重要な問題であり、抜本的・総合的な対策が必要とされています。 【参考:セクハラ・パワハラの定義】 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ):「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されるもの 職場におけるパワーハラスメント(パワハラ):職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの ➡当該定義の「職場」、「労働者」において、「インターンシップ・企業説明会・採用面接等」、「就職活動中の学生」を想定して対応することが望ましいです。
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① 幹部社員が女子学生に対し、採用の見返りに不適切な関係を迫り、その後もメールやLINEで連絡を取り関係を迫った。これを女子学生が断ると、「うちの会社には絶対入社させない」と伝え、実際に不採用とした。➡対価型セクハラ
② 「つきあっている男性はいるか」「結婚や出産後も働き続けたいか」ということを女子学生にだけ質問した。➡環境型セクハラ
※「結婚や出産後も働き続けたいか」という質問を女性だけに行うことは、採用に関する性差別として、男女雇用機会均等法(第5条)違反する可能性があります。
③ 内定した学生に対して研修と称し、内定者でつくるSNS交流サイトに毎日の書き込みを強要する。書き込みを行わない内定者に対して社員が「やる気がない、やる自信がないなら、辞退して下さい」などの威圧的な投稿を度々行う。➡パワハラ(過大な要求)
④ 面接の場で会社上層部や役員が学生に対し、高圧的な態度で人格を否定するような暴言を吐き、学生を精神的に追い詰めた。➡パワハラ(精神的な攻撃)
2 就活ハラスメントによる企業のリスク
⑴ 社会的信用を失うリスク(風評被害)
就活ハラスメントを行った場合、インターネットやSNS、報道等により就活ハラスメントを行う企業であると発信されてしまい、「就活ハラスメントを起こした会社」として、企業の社会的信用を失い、企業イメージが低下することが想定されます。2019年には、OB訪問という名目で大手企業の社員が就活生にセクハラ行為を行ったという報道が、就活ハラスメントとして、メディアで取り上げられました。 また、就活市場において、就職後の職場においてもハラスメントが横行している企業だと学生に認識され、応募が減少する可能性があります。 さらには、働いている従業員にも、働く意欲やモラルの低下により生産性に悪影響が及び、貴重な人材の退職・流失のリスクも生じます。
⑵ 損害賠償責任を追及されるリスク
就活ハラスメントが起きてしまった場合、被害者の人格権や身体(健康)の侵害等を理由に、加害従業員が民事上の不法行為責任(民法709条)を問われる可能性があるだけでなく、従業員を雇用する企業も使用者責任(同715条)を問われ、被害者から民事上の損害賠償請求を受ける可能性があります。 また、企業がハラスメント行為の発生を予見できたにもかかわらず、それを漫然と放置したり、事後の適切な調査等の事後措置を怠った場合には、信義則上の安全配慮義務違反が認められる可能性もあります。 この点、就活生と雇用関係にない企業に、就活生に対する安全配慮義務違反が認められるかどうかが問題になります。 就活生に対する安全配慮義務違反が認められた裁判例は、私が知る限り存在しません。しかし、平成28年3月には、20代女性が就活中に、自動車大手部品メーカーの幹部職員の40代男性から採用の見返りとして不適切な関係を迫られたとして、同男性とその所属企業に対して、計550万円の損害賠償を求める訴訟が名古屋地裁に提訴されているようです。 また、労働契約ではないフリーランス(業務委託契約者)に対してハラスメントが行われた事案において、企業が被害者の生命身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の安全配慮義務が存在すると判断した裁判例があります(東京地判令和4年5月25日労判1269号15頁)。 非労働者に対して、信義則を根拠に安全配慮義務を企業に課した裁判例もあることや、今後の法改正で企業に就活生へのハラスメント防止措置が義務付けられるであろうことからすると、就活生に対する安全配慮義務違反や債務不履行責任を問われるリスクがありますので、企業は対応が必要になると考えます。
⑶ 刑事責任を問われるリスク(行為者)
従業員が就活ハラスメントを行った場合、学生への言動やその程度等によっては、強制わいせつ罪や強要罪等の構成要件に該当し、当該従業員は、刑法上罰せられる可能性があります。
3 企業が講じるべき対策
就活ハラスメントに関しては、厚生労働省が「パワハラ防止指針 」「セクハラ防止指針」 において、企業の雇用契約上の措置として、事業主は雇用する労働者の求職者に対する言動についても必要な注意を払うよう努めることが望ましいこと、職場におけるハラスメント防止の方針の明確化を行う際に、就職活動中の学生等に対するハラスメントについても同様の方針を示すことが望ましいこと、就職活動中の学生等からハラスメントに関する相談があった場合に、その内容を踏まえて、必要に応じて適切な対応を行うよう努めることが望ましいことを明記しています。 ● 具体的には…
⑴ ハラスメント防止の方針の明確化
全従業員(特に採用担当者)に対し、就活ハラスメントを禁止する方針を明確に示すことに加え、就活ハラスメントを行った場合には、その行為者を処分する社内規定や規則(懲戒処分等)を設け、周知を行うことが有用です。
⑵ ハラスメント防止体制の整備
採用担当者を含む従業員に、ハラスメント防止に関する研修を継続的に実施すること、採用活動のルール(面談を行う際は複数名で対応するなど)を明確化し、適切に周知することが望ましいとされます。 学生向けに就活ハラスメント相談窓口を設置し、周知を行うこともハラスメント行為に気付きやすくなり、企業としてのリスクヘッジを行う取り組みとして有益です。 なお、就活生からハラスメントの相談があった場合、企業としては、当事者のプライバシーを保護しつつ、迅速かつ正確に事実確認を行うべく、調査を開始し、事案に対する対応や調査結果を適切な時期に申告者に報告するべきと考えます。ハラスメントの申告確認後、企業が調査結果を申告者に8か月間報告しなかった事案について、企業の債務不履行が成立するとした裁判例、(東京地判令和4年4月7日労判1275号72頁)もあることを踏まえると、企業の調査の適正に対する要請は高まっているといえます。
⑶ 企業の具体的な取り組み(先例)
厚生労働省のホームページ上で、就活ハラスメント防止対策としての具体的な取組みを行っている企業の活動を掲載した「就活ハラスメント防止対策企業事例集」が確認できますので、これらのパンフレットをご参考にしていただくことも有用と思われます。
